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東京地方裁判所 平成7年(ワ)19256号 判決

原告

日本信販株式会社

右代表者代表取締役

澁谷信隆

右訴訟代理人弁護士

中村雅男

石田道明

高柳眞彦

被告

平賀庸元

右訴訟代理人弁護士

鈴木健司

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は原告に対し、金一五五万七三六〇円及びこれに対する平成六年五月二八日から支払済みまで年29.2パーセント(一年を三六五日とする日割計算。以下同じ。)の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が、リース料の主債務者の任意整理の後、連帯保証人であった被告に対し、リース料の保証債務の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  原告はファイナンスリース等を業とする会社であり、被告は、平成三年八月当時、訴外株式会社アイ・ビー・シー(以下「訴外会社」という。)の代表取締役であった者である。

2  原告と訴外会社は、平成三年八月三一日、原告を賃貸人、訴外会社を賃借人とする左記のリース契約(以下「本件リース契約」という。)を締結し、原告は、右同日、リース物件を訴外会社に引き渡した。

リース物件 IBM製コンピュータ

PS/五五システム 一台

リース期間 平成三年九月五日から

五年間

リース料総額 金三三三万七二〇〇円 (消費税相当額を含む。)

月額リース料 毎月二七日限り金五万五六二〇円

(消費税相当額を含む。)を支払う。

期限の利益喪失約定

訴外会社がリース料の支払を一回でも遅滞したときは、訴外会社は当然にリース料支払の期限の利益を喪失し、原告に対し残リース料全額を直ちに支払う。

遅延利息 年29.2パーセント

3  被告は、右同日、原告に対し、本件リース契約上の訴外会社の原告に対する債務につき連帯保証した。

4  原告は、平成六年五月一二日、訴外会社との間で、左記の合意をした(乙第一号証、以下「本件整理契約」という。)。

(一) 右同日現在の原告の訴外会社に対する債権額が本件リース料債権を含め金六一一万九七四五円であること及びこれに対する中間配当金が金一八二万三六八四円であることを確認する。

(二) 原告は、訴外会社が委託料金請求訴訟を訴外株式会社ウルム又は訴外株式会社オーエムピーに対して提起すること及びこの訴訟の結果につき何らの異議を述べない。

(三) 原告は、訴外会社が右訴訟に敗訴した結果、訴外会社に資産が残存しなかった場合、右(一)の中間配当を最終配当とし、中間配当金受領後の残債権を放棄する。

(四) (二)の訴訟の結果により、最終配当が行われる場合、原告は、原告の債権届出時又は不動産担保権実行による一部弁済時の残債権額を基準に最終配当が行われることにつき異議がないこととし、中間配当時以降の残元本に対する利息及び損害金を訴外会社に請求しない。

5  訴外会社は、平成六年五月一九日、原告に対し、4(一)の中間配当金一八二万三六八四円を支払った。

6  訴外会社は、株式会社オーエムピー及び株式会社ウルムを被告として提起した訴訟(以下「別件訴訟」という。)において、右被告らとの間で右被告らから平成八年九月末日までに金二五〇万円の分割弁済を受ける和解が成立したので、平成七年四月二五日ころ、原告に対し、右和解成立の事実とともに、和解金の支払を受けるか、その支払が受けられないことが明らかになった時点で、最終配当する旨を通知した。

二  争点

1  本件整理契約において合意された主債務者に対する債権の放棄ないし期限の猶予の効果は連帯保証人にも及ぶか。

2  争点に関する原告の主張

(一) 主債務者が任意整理に至るような場合にこそ、連帯保証人の存在が重要なのであって、このような場合に保証債務の付従性を認めると、破産、和議、会社更生の場合に、免責等の効果が保証債務に影響しないと定められている(破産法三二六条二項、三六六条の一三、和議法五七条、会社更生法二四〇条二項)ことに比して、債権者の利益を不当に害する。

(二) そもそも、任意整理における債権の放棄ないし免除は、事実上の清算手続の終了を明確にするための形式的処理にすぎず、そのような放棄ないし免除をしたからといって、付従性により保証債務が消滅するというのは経済取引の実状にそぐわない。かえって、連帯保証人にとっても、債権者が主債務者からの配当受領を断念し、債権全額を連帯保証人に直接請求することとなり不利益になる。

3  争点に関する被告の主張

被告が負担する連帯保証債務は主たる債務に付従するから、主債務者に対する債権放棄ないし期限の猶予の効果が及び、原告の請求は許されない。破産、和議、会社更生手続においては、主たる債務者に対する免責等の効果が保証債務に影響を及ぼさない趣旨の規定があるが、右は民法における付従性の原則に対する例外規定であり、右各規定の趣旨の安易な類推は連帯保証人の合理的意思に反し、債権者に望外の利益をもたらす結果となり許されない。

第三  争点に対する判断

一  任意整理における保証債務の付従性

1  前記第二、一4の事実に基づいて考えると、本件整理契約において、原告は、中間配当金の支払の後は、別件訴訟の結果により訴外会社において最終配当が可能になるまで弁済を猶予すること、最終配当が行われた場合には残債権を放棄すること、訴訟に敗訴して最終配当が行えない場合には中間配当金をもって最終配当とし、原告は残債権を放棄すること、以上の内容の合意がされたものと解される。したがって、訴外会社は、本件整理契約によって定められた弁済期限の猶予及び条件付債権放棄の効果を主張して原告の請求を拒むことができる。

そして、民法上、連帯保証人の債務は主たる債務に付従する性質を有するから、主たる債務に対する期限の猶予や債権の放棄がなされた場合、保証人において、主債務の内容が制限されたにもかかわらず、あえて従前の債務全額について債権者に対して債務を負担することを認める意思表示をするか、債権者と連帯保証人の間でその旨の合意をして、右意思表示ないし合意の結果保証人が付従性を有しない独立の債務を負担するに至ったと解し得ない限り、右期限の猶予や債権の放棄の効果は連帯保証債務にも及ぶと解するべきである。

したがって、本件の場合も、右のような被告の特段の意思表示ないし原、被告間の合意が存在しない限り、被告は、原告に対し、保証債務の付従性に基づき、訴外会社に対する期限の猶予や債権の放棄の効果を主張して支払を拒むことができると解される。

2  これに対し、原告は、破産手続等の場合には保証債務の付従性が認められていないことから、任意整理の場合についても同様に、保証債務の付従性は認められない旨主張する。

しかしながら、保証債務の付従性が民法の原則であること(民法四四八条参照)はいうまでもなく、主たる債務の目的につきその内容を軽減する変更は保証人にも効力を及ぼすと解するのが相当であって、これに対する例外は、当事者間の合意又は明文の法規によって初めて認められるというべきである。いわゆる任意整理の場合に当然に右の例外を認めるべき法的根拠は見出し難い。この場合の整理契約は、各債権者の任意かつ個別の同意によってされるものであって、原告は、連帯保証人に対する請求を留保して整理契約を締結することも、整理契約を締結せず、主債務者又は連帯保証人から個別に債権回収をはかることも可能であったものである。この点、多数決によって和議条項・更生計画等を成立させる破産、和議、会社更生の手続において、債権者保護のために特に設けられた保証債務の付従性の例外規定(破産法三二六条二項、三六六条の一三、和議法五七条、会社更生法二四〇条二項)を準用する余地はないというべきである。

また、原告は、任意整理において、主たる債務者に対する債権放棄や免除は手続の終了を明らかにするための単なる形式的処理にすぎないから、右のような処理の結果、債権者が保証人に対する債権を失うのは経済取引の実状にそぐわないとも主張するが、任意整理において、債権の放棄や免除をしないならば、債務者は整理後も請求を受ける可能性があり、債務者にとって整理をする意味が大きく損なわれるから、右放棄や免除をもって単なる形式的処理にすぎないということはできない。また、付従性を否定することは、保証人の付従性に対する期待の利益を害し、任意整理の場合のみ付従性を否定するとすれば、付従性を認めるべきその他の場合との区別が明確でなく、混乱が生ずることも容易に予想されるところであり、この点からも原告の主張を採用することはできない。

二  特段の意思表示ないし合意の存否

乙第一、第四号証及び弁論の全趣旨によれば、被告は本件整理契約が締結された当時訴外会社の代表取締役であったこと、本件整理契約は訴外会社側の弁護士と原告の担当者との交渉の上締結されたものであることが認められるが、本件において、本件整理契約によって主たる債務の内容が制限されたにもかかわらず、被告によって制限されない債務を負担する旨の意思表示がされたり、原、被告間にその旨の合意が成立したとの事実を認めるべき証拠は存在しない(本件整理契約の契約書上、被告に対する請求を留保する等の条項も存在しない。)。

したがって、本件整理契約によって訴外会社に対して与えられた期限の猶予や条件付債権放棄の効果は被告に対しても及ぶというべきである。そして、本件の場合、訴外会社に対して別件訴訟の結果最終配当が可能になるまで弁済期限の猶予が与えられているところ、訴外会社において最終配当が可能になったことを認めるべき証拠はないから、弁済期限は到来していないと解する他はなく、被告も同一の理由で原告の請求を拒むことができる。

三  以上により、原告の請求には理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官高世三郎 裁判官小野憲一 裁判官前澤達朗)

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